透析には種類がある
日本は2.9%。アメリカは10%以上。ヨーロッパやカナダが20~30%、ニュージーランドも30%、香港に至っては69%。さて、これは何の数字でしょうか。
答えは、2021年に日本で透析を受けている方のうち、腹膜透析(英語でPeritoneal Dialysis、略してPD)を受けている人の割合です。この数字からも、日本がいかに腹膜透析の割合が少ないかが分かります。
血液透析と腹膜透析
腎臓の機能が低下した際に行われる透析には、血液透析と腹膜透析の2種類があります。
一般的に「透析」というと血液透析を指すことが多いですが、実際は2種類の透析方法が存在します。
しかし、透析が必要になった際に、医師からそれぞれのメリット・デメリットについて説明を受けた方は少ないのではないでしょうか?
日本では腹膜透析がまだ普及しておらず、情報提供も十分とは言えない状況です。
先日、堀川惠子さんの著書『透析を止めた日』を読み、大変勉強になりました。
この本の後半部分では、腹膜透析が終末期の大きな支えとなる可能性について述べられています。

『透析を止めた日』を読んで
タイトルからして読み進めるのが苦痛に思える本です。
実際に、第一部を読みながら何度も中断しました。
先を想像すると、このまま読み続けるのが怖くなってくるのです。
しかし、この本は透析患者の苦しみと終末期医療の現実を描いた作品であり、多くの人に読んでほしい作品です。
特に医療従事者にとっては、患者の気持ちに寄り添うことの重要性を改めて認識するきっかけになるのではないでしょうか。
本書には、血液透析の大変さと、血液透析を受けている人の終末期における苦しみ、そして痛みに苦しむ人を救う手立てがない医療の現実が描かれています。
しかし、絶望的な状況ばかりでなく、第二部には今後の透析治療に一筋の光が見える希望も記されています。
血液透析の現実
まず、血液透析は心臓や血管に大きな負担をかけます。
透析日はクリニックで4時間、ほとんど身動きできず、同じ体勢を維持しなければなりません。
これだけでもう身体はぐったり疲れます。
それを週3回、一日おきに繰り返します。
具体的には、月・水・金、または火・木・土のいずれかです。
仕事をしながら透析を受ける人もおり、心理的な負担も計り知れません。
長年透析を続けていると、透析中に血圧が低下し、中断せざるを得ないこともあります。
また、体の痛みや寒気で4時間の透析を続けるのが困難になる日も出てきます。
そして、人によっては命綱である透析を続けられなくなる日が来るのです。
透析を止めれば数日から数週間で死に至るため、透析を止める決断は、自分の命をいつ終えるかを決めることに他なりません。
意識がはっきりしている中で、このような現実を受け入れるのはまさに地獄です。
これまでも透析に通うことで苦しい思いをしてきたにも関わらず、最後にこのような非情な選択を迫られるとは。
腹膜透析の可能性
第二部では、冒頭で触れた腹膜透析について詳しく述べられています。
著者の堀川さんが、長く血液透析を受けてきた夫を看取った際、もう1つの透析(腹膜透析)という選択肢は提示されませんでした。
もし腹膜透析に関する情報があれば、もう少し穏やかな最期を迎えられたかもしれません。
腹膜透析の最大のメリットは、自宅で透析を受けられることです。
しかも、大きな針を刺して血液を抜くということがないので、痛みもありません。
具体的な仕組みは、あらかじめおなかに作った管を通して透析液を入れ、一定時間そのままにします。
その透析液に老廃物や水分しみ出て来るので、これを体外に排出します。
透析中に体はどこにも繋がっていないので、自由に動ける!
「おうちで透析」で検索すれば、インターネットでも情報を得られます。
デメリットとしては、短時間で多くの老廃物を除去しにくいことや、腹膜炎などの感染症のリスクが挙げられてきました。
しかし、現在では関係者の努力により、これらの点は改善されているようです。
2011年に発表された論文では、血液透析と腹膜透析の平均余命に大きな差はなく、場合によっては腹膜透析の方が優れているという結果も出ています。
本書に掲載されている腹膜透析患者や介護者の声からも、その満足度の高さから腹膜透析の優位性を感じます。
なぜ、日本では腹膜透析が広がっていないのか
では、患者負担が少なく、治療成績も同等の腹膜透析はなぜ普及しないのでしょうか。
その理由は、医療者が腹膜透析に携わった経験が少ないことに尽きるでしょう。
現状では、ほとんどの患者が血液透析を受けているため、医療者側も腹膜透析を見たことや聞いたことさえ少ないのです。
これまで、血液透析は大きな収益を生むビジネスでした。
血液透析を導入すれば、患者は継続的に通院し、1ヶ月あたり約40万円の医療費が発生します。
しかし、患者の負担は公的医療保険でほぼカバーされるため、医療機関は安定した収入を得られます。
つまり、一度患者を獲得すれば、積極的な営業活動をしなくても自動的に収益が上がる仕組みが確立されていたのです。
これからの透析治療
しかし、現在、状況は変化しています。
日本では人口減少が進み、血液透析の需要は供給を下回りました。
これまで安定していた透析ビジネスも、収益を維持することが困難になりつつあります。
今後、血液透析を提供する施設は減少していくのではないでしょうか。
そのような状況下では、患者にとって最善の医療を提供できる医療者が求められます。
そこで、腹膜透析が選択肢として浮上します。
医療者は、少なくとも透析には2つの方法があることを説明しなければならないでしょう。
もし、これから透析が必要になる人が、すぐにシャント(血液透析に必要な血液の取り出し口と戻し口)を作るように勧められた際、その医療者の資質を疑うべきです。
患者の立場に立っていない可能性があります。
腎臓が悪くなってこれから透析を受ける必要がある人は、医療者を選ぶ必要が出てくるでしょう。
多くの人が腹膜透析の存在を知って、より良い生活が送れるといいですね。